青春ド真中!
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■1話

01.優しさ
02.青春ドラマを否定した
03.踊る大捜査線
04.オープニング
05.3人の先生と下宿
06.修学院高校
07.校長と教頭
08.バクダンの過去
09.精密に設計されたシナリオ
10.これぞ学園ドラマの傑作

8.バクダンの過去

 1話では、『青春ド真中』では珍しく、バクダン(中村雅俊)が過去を語っています。自分自身の体験を生徒に熱っぽく語っています。東南アジアで英語の先生をしていた体験を語っています。

 現代の皆さんは、東南アジアで英語と言ってもピンとこないかもしれませんが、この時代の東南アジアときたら戦乱に明け暮れていた時代で、中国がベトナムを侵略し、ベトナムがカンボジアを侵略し、カンボジアで人民の3分の1が虐殺され、300万の死体が国中に広がっているという時代でした。

 とくにカンボジアのポルポト派の大虐殺は、有名で、偏向している大手の新聞社やテレビが、ほとんど報道しなかったなかで、週刊誌などがゲリラ的に報道したために、それだけにセンセーショナルであり、衝撃を受ける人も多かったものです。

 だからバクダン(中村雅俊)が、東南アジアで苦労して帰ってきたという話がドラマででてくると、それだけで当時の視聴者はピンときたものですが、こういう背景のもとで、バクダン(中村雅俊)は、教室の中で東南アジアで英語の先生をしていた体験を語るのです。そして

「学校は、もっと楽しいところではなかったのか?」
「楽しいところじゃなかったら、もっと楽しいところにしようとは思わないのか?」
「そう思わないか?」

と生徒たちに投げかけるわけです。

 ちなみにバクダン(中村雅俊)は、あまり自分自身を語りません。カースケや総理のように、自分過去を見せようとしませんし、それにもとずいた行動をドラマで展開しません。これは13話という短い放映回数からきているものと思われますが、それ以前に『青春ド真中』では、バクダン(中村雅俊)の内面を表現するという事にあまり重点を置いてない気がします。バクダン(中村雅俊)のプライバシーに迫ったドラマ作りをするというより、バクダン(中村雅俊)という存在が、周りのプライバシーに、どのような影響を与えていったか・・・・という点を重視したドラマ作りをしていたような気がします。

 そういう見方をすると、なぜ『俺たちの旅』のような、優しさゆえに、人を傷つける。傷つけるがゆえに悩むという優しさがそこにある。

というドラマ作りがなされてなかったかが、分かるような気がします。『俺たちの旅』では、カースケ・オメダ・ヨーコの3人が、互いに優しさをぶつけ合い、それによってお互いが傷つけ合うといった化学変化のオンパレードを見せてくれましたが、『青春ド真中』には、そういう部分が見えてきませんでした。

 というより、あえて、そういう部分を意図的に削ってしまったという印象を受けます。これは『俺たちの祭』がコケたのと大いに関連があると思います。優しさゆえに、人を傷つける。それでは、作品が全体的に暗くなるのです。『青春ド真中』では、そういう暗くなる印象が少しでもある可能性を、全て抹殺してしまったという感じがするんですね。そして、最初から『お笑いでいきます』と宣言するような作りになっているような気がします。